東京地方裁判所 平成12年(ワ)4345号 判決
原告 塚本一馬
原告 久保山敏子
右両名訴訟代理人弁護士 上拾石哲郎
被告 坂泰子
被告 坂涼子
被告 廣川志津子
右三名訴訟代理人弁護士 寺村恒郎
同 平山知子
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告らは各自、原告らに対し、それぞれ金一〇二七万三二八三円及びこれに対する平成二年三月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、亡久保山透が、平成二年三月当時、被告らの被相続人である亡坂素行が院長に就任していたみさと協立病院において投薬治療中、薬品の副作用により容態が悪化し、同月一八日に転院先の医療法人財団健和会みさと健和病院で死亡したことについて、亡久保山透の相続人である原告らが、亡坂素行は右診療契約上の債務不履行に基づく損害の賠償債務を負い、被告らが右債務を相続したとしてその支払を請求する事案である。
一 争いのない事実等(認定事実には証拠を掲示する。)
1 当事者等
亡久保山透(昭和三二年七月二七日生。以下「亡透」という。)は、平成二年三月一八日、医療法人財団健和会みさと健和病院において、偽膜性腸炎及び麻痺性イレウス、脱水、急性腎不全を原因とする心不全により死亡した。亡透には妻子はなく、同人の父原告塚本一馬と、母原告久保山敏子が亡透をそれぞれ相続した。(甲一ないし三、一一、一二)
亡坂素行(昭和一三年八月四日生。以下「亡素行」という。)は、平成二年三月当時、みさと協立病院(以下「本件病院」という。)の院長をしていた者であるが、平成一一年一一月二五日、死亡し、妻である被告坂泰子(以下「被告泰子」という。)、子である被告坂涼子(以下「被告涼子」という。)及び被告廣川志津子(以下「被告志津子」という。)が亡素行をそれぞれ相続した。(甲一六ないし二〇)
2 亡透の受診等
亡透は、平成二年三月三日、疾患の治療を受けるため、素行が院長をしていた本件病院を訪れて診察を受け、同月七日から一四日まで同病院に入院し、医師である天笠崇(以下「天笠」という。)から治療を受けた。そして、亡透の入院の際、「任意入院に際してのお知らせ」と題する書面(甲二一)が本件病院から亡透に対して交付された。右書面の病院名の欄には「みさと協立病院」、管理者氏名の欄には「坂素行」との記載がある。
なお、同年五月九日、原告らが保険金請求のために天笠に記入を依頼した入院診断書(甲六)の病院の名称を記載する欄には「みさと協立病院」との記載がある。
3 本件病院について
本件病院は、もともと三郷中央病院との名称で昭和五五年ころ開設されたものであるが、昭和六〇年一一月三〇日、財団法人東京勤労者医療会に買収された。しかし、法令上の制約があり、財団法人東京勤労者医療会が直接本件病院を運営することができなかったため、主務官庁の認可を受けていない権利能力なき社団として設立された龍樹会によって本件病院は運営されることとなった。そして、同年一二月二四日、龍樹会定款が施行され、亡素行は龍樹会理事及び本件病院の副院長に任命された。その定款の中で龍樹会は、その事務所を当時の本件病院の所在地である埼玉県三郷市鷹野三丁目四一九番に置き、その目的は本件病院の経営することにあると定められた。もっとも、本件病院は、実際には財団法人東京勤労者医療会の指揮下にあったため、亡素行は右財団法人から派遣されていただけであり、亡素行の給与も右財団法人が支払っていた。(乙一ないし三、八の1、2、一〇、一一、弁論の全趣旨)
平成二年四月一日、本件病院は埼玉県三郷市田中新田中ノ割二七三番地一に移転し、現在に至っている。なお、平成五年六月一日以降、本件病院は、医療法人財団東京勤労者医療会によって運営されている。(甲四、乙一五)
4 本件訴えの提起と訴訟経過等
原告らは訴訟代理人を通じて、平成一一年五月一七日、吉川保健所長に対して、本件病院の開設者に関する弁護士法二三条の二に基づき、「本病院の、平成2年3月時点での開設者は個人か、法人か。そのいずれであっても、その名称は誰だったか。」との照会をし、同所長から「坂素行(個人)」との回答を得た。(甲四)
平成一二年三月三日、原告らは、東京地方裁判所に対して、被告を「坂素行」と表示した損害賠償請求事件の訴状を提出し、同裁判所は右同日、右訴状を受理した。その後、右訴状に被告として表示された「坂素行」は平成一一年一一月二五日に死亡している旨の上申書が寺村恒郎弁護士から当裁判所に提出され、同年五月二五日、原告らから訴状における被告の表示を「坂素行」から被告泰子、同涼子及び同志津子へと訂正する旨の訴状訂正申立書が提出された。
その後、同年六月一日、被告泰子、同涼子及び同志津子に訴状と訴状訂正申立書の各副本が送達され、同年六月二二日、被告らは当裁判所に対して、訴訟代理人を選任した旨の訴訟委任状を提出し、同月二八日に開かれた第一回口頭弁論期日において、主位的に本件訴えの却下判決を求め、予備的に請求棄却判決を求める旨の答弁書が陳述された。(顕著な事実)
三 争点
1 訴状の訂正の可否
(一) 訴状における被告の表示を亡素行から、亡素行の相続人である被告らへと訂正することが許されるか。
(被告らの主張)
本件訴えは、平成一二年三月三日、亡素行を被告として提起されているが、亡素行は本件訴えの提起に先立つ平成一一年一一月二五日に死亡している。したがって、本件訴えの提起はそもそも無効であり、訴状の訂正によってその瑕疵を治癒することは許されない。
したがって、本件訴えは不適法な訴えとして却下されるべきである。
(原告らの主張)
原告が、死者を被告として訴状に表示した上で訴えを提起した場合には、訴状の記載等を実質的に解釈すれば、右訴えは被告として訴状に表示された死者の相続人に対する訴えであると解釈できるから、被告の氏名を死者である被相続人の氏名から相続人の氏名へと訂正させた上で訴訟手続を進行させるべきである。
(二) 訴状における被告の表示を亡素行から亡素行の相続人である被告らに訂正すると同時に、亡透死亡当時、本件病院の経営主体であった権利能力なき社団龍樹会の後身である医療法人財団東京勤労者医療会へと追加的に訂正することによって、右医療法人財団を被告として追加することが許されるか。
(原告らの主張)
被告の特定は原告の責務ではあるが、亡透死亡当時の本件病院の法主体は複雑な経緯をたどっており、原告側において右経緯を調査し得ないから、亡透死亡当時の本件病院の法主体は原告にとって不明であるというほかなく、しかも、右のような法主体の不明確性に関する責任は全て病院側にあるから、このような場合においては、例外的に訴状における被告の表示の追加的な訂正も許される。
(被告らの主張)
争う。
2 亡透が、医療契約(以下「本件契約」という。)を締結した相手方当事者は、亡素行であるか。
(原告らの主張)
亡透が本件契約を締結した相手方当事者は亡素行個人である。
仮に、契約の当事者が権利能力なき社団である龍樹会であったとしても、亡素行は、本件契約当時、龍樹会の代表者であったから、右権利能力なき社団の債務について保証責任を負っている。
(被告らの主張)
亡透が本件契約を締結した相手方当事者は、権利能力なき社団である龍樹会であるから、本件契約に関する債務不履行責任は、龍樹会の後身である医療法人財団東京勤労者医療会と原告らとの間で問題とされるべきである。
また、本件契約当時、権利能力なき社団の代表者であったという事実のみから、権利能力なき社団の負担した債務の保証責任を負うということはあり得ない。
3 本件契約における債務不履行の存否
(原告らの主張)
(一) 債務不履行
(1) 天笠は、亡透の治療のため精神神経用薬剤であるハロペリドール(フチロフェノン系薬剤)、コントミン、ヒルナミン、ピレチア(以上フェノチアジン系薬剤)を投薬しこれを亡透に服用させていたが、右薬剤はいずれも麻痺性イレウス等の副作用を発症させ、これを看過し適切な措置を怠ると死に至ることが報告されており、既に使用上の注意書にも記載されて使用する医師に注意を促していたのであるから、天笠には、副作用の発症の有無について細心の注意を払い、万一これが発症したときは、しかるべき応急処置を講ずべき注意義務があった。
(2) 亡透は、遅くとも平成二年三月一一日には、右薬剤の副作用の麻痺性イレウスの症状である、便秘及び下腹部痛が発症したのであるから、天笠は直ちに右薬剤の投薬を中止し、応急措置を講ずべきであったのにもかかわらず、投薬を継続した結果、手遅れとなり、亡透は死亡した。
(3) 天笠は、亡素行の被用者である。
(二) 損害
(1) 逸失利益 四六六三万九七〇一円
亡透は、死亡当時三二歳であり、同人が六七歳まで稼働するとして、平成一〇年の賃金センサスによる男子労働者学歴計の平均給与収入年額五六九万六八〇〇円を基準とし、生活費割合を五〇パーセントとみて、中間利息につきライプニッツ式計算法で算出すると、その逸失利益は右のとおりである。
(2) 亡透本人の慰謝料 一五〇〇万円
(3) 葬儀費用 一〇〇万円
(4) 原告ら固有の慰謝料 四〇〇万円
(5) 総額 六一六三万九七〇一円
(被告らの主張)
否認する。
第三当裁判所の判断
一 争点1(訴状の訂正の可否)について
1 被告らは、本件訴えが提起された当時、訴状において被告として表示された亡素行は既に死亡していたので、本件訴えの提起はそもそも無効であるから、訴状における被告の表示を亡素行からその相続人である被告らへ訂正することは許されず、本件訴えは却下されるべきであると主張する。
しかしながら、そもそも訴えの相手方の特定は、原告の合理的意思や応訴者の行動等を加味した上で訴状の記載を実質的に解釈することによって決定されるべきものである。
これを本件についてみるに、前記争いのない事実等に徴すれば、本件訴えは、被告として亡素行を表示した訴状によって提起されていることが認められる一方で、被告らはいずれも亡素行の相続人であり、相続人は被相続人を包括承継するものであって、死者の相続人が死者に対する訴えの被告となると解することは、客観的にみても訴状の記載から離れるものとまではいえないし、また原告の合理的意思にも合致すること及び被告らが適法に代理人を選任して本件訴えに応訴し、右代理人を通じて訴訟活動を行い、本案についても答弁していることから、本件訴えの訴状の記載を実質的に解釈すれば、本件訴えは亡素行の相続人である被告らを相手方とする訴えであると解することができる。したがって、原告は、訴状における被告の表示を誤ったものとして、亡素行から被告らに訂正できるというべきである。
そうすると、本件訴えは、適法な訴えであり、訴え却下を求める被告の主張は理由がない。
2 原告らは、訴状における被告の表示を亡素行から医療法人財団東京勤労者医療会へと追加的に訂正することも許されると主張する。
しかしながら、医療法人財団東京勤労者医療会と被告らとの間には、法人格に関する何らの同一性もなく、また地位の承継もうかがわれず、さらに原告の合理的意思や被告らの行動を加味しても、訴状の訂正によって医療法人財団東京勤労者医療会を被告とすることはできないから、医療法人財団東京勤労者医療会を相手方とするためには、任意的当事者変更又は新訴の提起によるべきである。
そうすると、訴状における被告の表示を被告らから医療法人財団東京勤労者医療会へと訂正することは許されないというべきであるから、原告の右主張は理由がない。
二 争点2について
1 原告らは、本件契約の当事者は亡素行であると主張し、その根拠として、照会事項回答書(甲四)、入院診断書(甲六)及び「任意入院に関してのお知らせ」と題する書面(甲二一)の存在を指摘する。
しかしながら、前記争いのない事実等によれば、平成二年三月当時、本件病院の運営主体は、権利能力なき社団である龍樹会であること、亡素行は龍樹会の実質的運営に当たっていた財団法人東京勤労者医療会に雇傭され、同法人から本件病院に派遣されていた者であるにすぎないこと、亡素行の給与も財団法人東京勤労者医療会が支給していたことがそれぞれ認められるから、本件契約は、亡透と権利能力なき社団である龍樹会との間で締結されたものというべきである。
もっとも、照会事項回答書(甲四)においては、「坂素行(個人)」との記載があるが、前記判示のとおり、龍樹会には法人格がないので、官公庁に対する各種届出においては、個人を法主体として届け出るほかないから、右記載は何ら右判断を左右するものではないし、入院診断書(甲六)には、亡素行の名前が記載された部分はどこにも存在しない上、「任意入院に関してのお知らせ」と題する書面(甲二一)には、管理者として亡素行の名前が記載されているにすぎないから、結局、右各書面の存在をもって、直ちに亡透と亡素行との間に本件契約が締結されたと認めることはできず、他に亡素行と亡透との間で本件契約が締結されたことを認めるに足る的確な証拠はない。
2 また、原告らは、本件契約の相手方が権利能力なき社団である龍樹会であっても、権利能力なき社団の債務については、代表者である亡素行が保証債務を負うと主張する。
しかしながら、権利能力なき社団の代表者が社団の名においてした取引上の債務は、その社団に総有的に帰属するとともに、社団の総有財産だけがその責任財産となり、構成員は、取引の相手方に対し、直接には債務ないし責任を負わないから、代表者が権利能力なき社団の債務について保証契約を締結しているなどの特段の事情がない限り、代表者は権利能力なき社団の債務について責任を負わないところ、本件においては、右特段の事情を認めるに足る証拠はない。
3 以上によれば、被告らの被相続人である亡素行には、本件契約上の債務は帰属していなかったことになるから、原告らの右各主張はいずれも理由がない。
三 そうすると、その余の点について判断するまでもなく原告らの請求は理由がないから、いずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 都築弘 裁判官 土田昭彦 裁判官 福渡裕貴)